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超か反か

知事選のことなので、もちろん博打の話ではない。当選した村井氏は出馬以来、「私の立場は反田中でなく超田中」と繰り返し言い、改革の継承を滲ませていたという。当選後は「6年前には後戻りしない」と断言した。さて、その本心は真実か?
「超」であれば改革の継承と理解できるが、田中改革のどこを評価し継承するかは全く不明である。選挙戦術上田中康夫との違いを明確にする必要があったにせよ、その点は一言も聞かれなかった。「超田中」は田中改革を超える改革の実現を意味する。それが何かを不問にしたまま、市町村を支援する県政を唯一の対立軸として主張した。とすればそれは、支持した大半の市町村長におもねて田中県政の弱点であった市町村長との対立を失政として煽りたてんとする反田中戦術としか考えようがない。
当選翌日の会見では、「見せかけはしたくない」とガラス張り知事室の廃止や脱ダム宣言の見直しなどを語ったが、全般に今後はどうするのかという具体策は皆無だつた。田中改革の否定や疑問視ばかりで、改革を継承するなどという意向も意思も皆無といえる内容である。ただ田中色の一掃だけが狙いというほかない。
こう見てくれば、村井氏の「超田中」は偽装で、本質は「反田中」と断定せざるをえない。「超」は「反田中」の偽装だけでなく、改革反対派の偽装かもしれない。その化けの皮がはがれつつあるが、あの郵政改革にいかなる理念・理論をもって反対し、なぜ結局は引退したのかを訊ねれば、偽装の真偽のほどが晴れるともいえる。
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