スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

時代錯誤の地方蔑視[2]

 著作も販売も信州に限定したものではまったくなかった。全国販売が小さな取次のために十分には全国にゆきわたらなかっただけだ。一信州人として書いたが、視野にも人物評価にも信州限定はカケラもない内容である。同時に出た信州発のこれぞ信州向けという一冊と比較すれば一目瞭然である。それも読んだであろうその記者の、所詮田舎者とでもいうような小馬鹿にした素振りに後味がわるかった。朝日か夕日か知らないが、中央の権威などには無頓着に臆せず言う私が癪に触ったのかもしれなかった。
 ジャーナリズムにしてこうだから、出版など推して知るべしであったが、一抹の期待に目が曇った。もっともこれは氷山の一角で、政治から万事がこの国は東京一極集中である。出版にいたっては東京村の全国支配といった観がある。地方自治とはいえ、これに風穴を開けたのが中央で育った田中康夫の県知事当選だった。
 これでは、賞をとるか、有名人か大学教授などの知識人というよほどの権威がないと出版はできない。版元ごとに小村ができていて、そこに作家やライターを牧場の牛馬のごとくかこっているから執筆を依頼されるはずもない。かくして、一般の作者が本を出したいと思えば、一縷の望みを託してあちこちに原稿を送りつけるという現象がおきる。げんに私もその寸前までいった。
スポンサーサイト

時代錯誤の地方蔑視[1]

 売れるか否かは書店にならべてみなければわからないという経験則にしたがえば、その評価は引っこめてもいい。要するに、出版は元来がベンチャーで、その販売はバクチ的だからだ。が、その時の3年前から3冊も書いている実績さえ無視され、いわば門前払いをくらった。ライターとして売り込んだ大手もあったが、編プロにとどまらず出版界はおしなべて門戸が狭い。それゆえか、あるいは肥大化した一極集中が東京至上主義を生んだせいか、地方にはことのほか冷淡だ。
 もっとも、出版にとどまらないこういう前近代的な態度は「田中康夫の真相」の時にも痛感させられた。朝日新聞系「アエラ」の取材を受けたが、「よくできています」と若輩の記者に言われた。どことなくその抑揚には、誉めているようでいて見下すような陰影があった。案の定、2行ほどの紹介でかたづけられた。

Template Designed by DW99

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。