ブログは自分出版[1]
3年間の中断後にブログを始めた理由はふたつある。
ブログは執筆活動を伝えひろめるメディアになるかもしれないと思った。
ネットとのリンクなどメディアミックスを追求しながらも、
古いアナログ人間のせいか紙媒体に縛られていた。その反面でブログへの誤解があった。
私的な生活を公開して遊ぶ日記、と今にしていえば大笑いされてしまうような想像があった。
とかく批判される出会い系サイトの類いかと錯覚していた節もある。
これはブログを勧めてくれた友人の助言で解消した。
TV報道によって実にたわいもなく洗脳されていたようだ。
ブログは執筆活動を伝えひろめるメディアになるかもしれないと思った。
ネットとのリンクなどメディアミックスを追求しながらも、
古いアナログ人間のせいか紙媒体に縛られていた。その反面でブログへの誤解があった。
私的な生活を公開して遊ぶ日記、と今にしていえば大笑いされてしまうような想像があった。
とかく批判される出会い系サイトの類いかと錯覚していた節もある。
これはブログを勧めてくれた友人の助言で解消した。
TV報道によって実にたわいもなく洗脳されていたようだ。
筆とキーボードの狭間に
いま59歳直前で、2週間前に初孫が生まれたばかりだ。それに超はつかなくてもアナログひとすじの人間である。その私が、まさかブログを始めるとは夢にも想わなかった。決めたのは、つい4日ほど前である。
出版の制作では常に最先端をゆくシステムを作り上げてきたのに、自身は、メールは携帯でインターネットはしない、パソコンも計算ソフトのみという男だ。原稿もすべて手書きで、一度も入力したことがない。用紙の手触りや枚数がわかる感覚、追加・削除がしやすく脈絡もわかりやすい安心感のため手書きにこだわってきた。出版した本がみな手書きと知ってびっくりした人は、きっと会社の仕事柄をみてパソコンと縁がふかいものと察していたからだろう。
出版の制作では常に最先端をゆくシステムを作り上げてきたのに、自身は、メールは携帯でインターネットはしない、パソコンも計算ソフトのみという男だ。原稿もすべて手書きで、一度も入力したことがない。用紙の手触りや枚数がわかる感覚、追加・削除がしやすく脈絡もわかりやすい安心感のため手書きにこだわってきた。出版した本がみな手書きと知ってびっくりした人は、きっと会社の仕事柄をみてパソコンと縁がふかいものと察していたからだろう。
